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立山(立山連峰)は進行方向の左か右か(北陸新幹線)
最終更新:2026年10月17日
北陸新幹線の立山(立山連峰):敦賀行きは主に進行方向 左(一部の区間は進行方向 右)・判定「見える」、東京行きは主に進行方向 右(一部の区間は進行方向 左)・判定「見える」(計算値)。
北陸新幹線では黒部宇奈月温泉駅のあたりで、線路から南東へ約 29 km の所にあります。標高は 3,015 m(国土地理院の山の標高)で、計算ではこの山頂 1 点への見通しを調べています。
行き先ごとの左右と時刻
見える=車窓から見えた記録 2 件以上+計算で見通しあり/計算上は見える=計算で見通しあり・車窓の記録は 2 件に満たない/要確認=記録はあるが計算では見通しがない、計算だけでは判断できない、または記録も計算上の見通しもないもの(湖・海で「見える」のものは「見える(防音壁で隠れる区間あり)」と表示)
| 行き先 | 判定 | 側 | 区間(駅のあたり) | 時刻の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 敦賀行き | 見える | 進行方向 左 | 上田〜長野 | 東京駅発から約 70 分後・約 2 分間・途中で隠れる区間あり |
| 進行方向 左 | 黒部宇奈月温泉〜富山 | 東京駅発から約 115 分後・約 4 分間・途中で隠れる区間あり | ||
| 進行方向 右 | 富山 | 東京駅発から約 125 分後・一瞬 | ||
| 進行方向 左 | 新高岡〜金沢 | 東京駅発から約 130 分後・約 6 分間・途中で隠れる区間あり | ||
| 東京行き | 見える | 進行方向 右 | 金沢〜新高岡 | 敦賀駅発から約 45 分後・約 6 分間・途中で隠れる区間あり |
| 進行方向 左 | 富山 | 敦賀駅発から約 60 分後・一瞬 | ||
| 進行方向 右 | 富山〜黒部宇奈月温泉 | 敦賀駅発から約 60 分後・約 4 分間・途中で隠れる区間あり | ||
| 進行方向 右 | 長野〜上田 | 敦賀駅発から約 110 分後・約 2 分間・途中で隠れる区間あり |
時刻は、路線の端の駅から乗った場合に、最速の列車の所要時間(公表値。途中駅までの公表値がある区間はその値)を距離に比例して割り振った推定です。途中の駅から乗る場合や、各駅に止まる列車では変わります。表には見通しのある区間のうち長いものを最大 4 つ、通過する順に載せています(反対側に見える区間があるときは、そのうち最も長い区間を必ず含めます)。「約 ◯ 分間」は、区間のうち見通しのある距離だけを時間に直したもので、途中で見通しが途切れる区間には「途中で隠れる区間あり」と書いています。左右は進行方向を向いて座ったときの左右です。
防音壁・建物・樹木・切通しは計算に含まれていません。湖・川・海など低い対象は防音壁で隠れることがあります。
明るいうちに区間に入る出発時刻の目安(月別)
2026 年の暦で、各月の 1 日・15 日・末日の 3 日とも、その区間に入る時刻に太陽の高さが 6° 以上になる出発時刻の範囲です。天気予報ではありません。晴れていても、霞や雲で見えないことがあります。
| 月 | 出発時刻(日本時間) |
|---|---|
| 1月 | 5:40–13:55 |
| 2月 | 5:25–14:30 |
| 3月 | 5:00–15:00 |
| 4月 | 5:00–15:30 |
| 5月 | 5:00–15:55 |
| 6月 | 5:00–16:15 |
| 7月 | 5:00–16:15 |
| 8月 | 5:00–15:35 |
| 9月 | 5:00–14:55 |
| 10月 | 5:00–14:10 |
| 11月 | 5:20–13:45 |
| 12月 | 5:40–13:45 |
| 月 | 出発時刻(日本時間) |
|---|---|
| 1月 | 7:00–15:20 |
| 2月 | 6:50–15:55 |
| 3月 | 6:15–16:25 |
| 4月 | 5:30–16:50 |
| 5月 | 5:00–17:15 |
| 6月 | 5:00–17:40 |
| 7月 | 5:00–17:35 |
| 8月 | 5:15–17:00 |
| 9月 | 5:40–16:15 |
| 10月 | 6:10–15:35 |
| 11月 | 6:40–15:10 |
| 12月 | 7:00–15:10 |
この場所について
立山はいちばん高い峰が3,015mの北アルプスの山で、古代から宗教的な信仰の対象でした。人々は、死者の魂が立山の3つの峰に宿ると信じていたと立山町は紹介しています。
出典:立山町(確認日 2026年10月16日)。確認日以降の改修・再建・解体などは反映されていません。
立山信仰がピークに達した1800年代には、1シーズンに6000人もの巡礼者が立山に登ったと考えられています。立山への女人禁制は、1868年の明治維新後に廃止されたと立山町は紹介しています。
出典:立山町(確認日 2026年10月16日)。確認日以降の改修・再建・解体などは反映されていません。